SARSとはどんな病気?

Severe Acute Respiratory Syndrome の略であり、日本では「重症急性呼吸器症候群」と呼ばれ、2002年11月16日から2月下旬まで肺炎クラミジアと中国広東省から、香港、北京などの地域に拡大し、また台湾、カナダ、シンガポール、ベトナムなど世界中のいくつかの国でも大きな問題となっている、新しく発見された感染症である。

SARSの原因

SARSコロナウイルス

SARSコロナウイルス

原因となる病原体は世界保健機関(WHO)によりコロナウイルスであると決定され、「SARSコロナウイルス」と名付けられた。

コロナウイルスは、今までにもヒトに感冒様症状をおこすことで知られている。しかし症状は軽度~中等度であり、SARSのように重症な病気をおこすものは知られていなかった。しかし、SARSコロナウイルスは、従来知られているコロナウイルスとは遺伝子的にかなり異なるものであり、どのようにして出現したのかは不明である。

SARSの症状

SARSの症状

SARSの症状

主な症状としては、38℃以上の発熱、咳、息切れ、呼吸困難などで、胸部レントゲン写真で肺炎または呼吸窮迫症候群(スリガラスのような陰影)が見られる。

また頭痛、悪寒戦慄、食欲不振、全身倦怠感、下痢、意識混濁などの症状が見られることもある。今までSARSと診断された患者さんの多くは25~70歳で、また男女間には明らかな差が見られません。現在までの報告では小児の患者さんは少ないが、その原因はよく分かっていない。

SARSの診断

新しい感染症であり、まだ完全にその臨床像が明らかになったわけではない。現在WHOによる「疑い例」と「可能性例」との、症状によって定められた報告基準(症候群サーベイランス)に準じて、世界各国から報告されている。

症状はSARSに特異的ではなく、たとえばインフルエンザなどでも同様の呼吸器症状を示すので、診断には、病原体の検出や血清検査などのいわゆる実験室的診断を行なうことになる。しかし、SARSコロナウイルスの検査も現状では完全とは言えないことから、基本的には他疾患の除外による診断となる。

― WHOの【疑い例】と【可能性例】の報告基準 ―

【疑い例】

1、2002年11月1日以降に、①38℃以上の発熱と、②咳または呼吸困難の症状があり、かつ以下の3つのうちひとつ以上の条件を満たす者

1) 発症前の10日以内に、SARSの「疑い例」か「可能性例」を看護・介護するか、同居しているか、患者の気道分泌物、体液に直接触れた

2) 発症前の10日以内に、WHOが公表した「最近のSARSの地域内伝播が疑われる地域」へ旅行した

3) 発症前10日以内に、WHOが公表した「最近のSARSの地域内伝播が疑われる地域」へ居住していた

2、2002年11月1日以降に、①原因不明な急性呼吸器疾患で死亡し、②病理解剖が行なわれておらず、かつ以下の3つのうちひとつ以上の条件を満たす者

1)発症前の10日以内に、SARSの「疑い例」か「可能性例」を看護・介護するか、同居しているか、患者の気道分泌物、体液に直接触れた

2) 発症前の10日以内に、WHOが公表した「最近のSARSの地域内伝播が疑われる地域」へ旅行した

3) 発症前10日以内に、WHOが公表した「最近のSARSの地域内伝播が疑われる地域」へ居住していた

【可能性例】

  1. SARSの「疑い例」で、胸部レントゲン写真において肺炎の所見または呼吸窮迫症候群(RDS)の所見がある者
  2. SARSの「疑い例」で、SARSコロナウイルスを検査のひとつ以上で陽性となった者
  3. SARSの「疑い例」で、病理解剖所見がRDSの病理所見として矛盾せず、そのはっきりした原因がない者

※ ただし、他の診断で罹患した病気が完全に説明されるときはSARSの疑い例、可能性例からはずす。

※ また、SARSは現在除外診断によって診断されるものなので、報告された症例の分類は以下のように経過とともに変わる。

  • 当初SARSの「疑い例」か「可能性例」と診断されたが、その他の診断で病気が完全に説明されるときは、重複感染の可能性を慎重に考慮した上でSARSの症例から除外する。
  •  「疑い例」であって、検査の結果「可能性例」の報告基準を満たすようになった症例は「可能性例」へ再分類する。
  •  「疑い例」であって、胸部レントゲンで異常所見のなかった者は、適切と考えられる治療を受け、7日間の経過観察を行なう。また、これらの疑い例のうちで十分な回復が見られない者は胸部レントゲン写真により再度検討する。
  •  「疑い例」であって、十分回復しているが、SARS以外の診断で完全に説明のつかない者は引き続き「疑い例」とする。
  •  「疑い例」であって、死亡し、病理解剖が行なわれなかった者は、「疑い例」の分類のまま残す。しかし、もし、SARSの感染伝播鎖に関連した症例であることが判明すれば「可能性例」へ再分類する。
  •  「疑い例」であって、死亡し、病理解剖が行なわれた結果、RDSの所見が認められなかった者は、SARSの症例から除外する。

SARSはどのように感染するのか?

SARSウイルスは、SARSにかかっている人から周囲の人へ感染すると考えられ、動物を介して感染することを示す証拠はない。これまでの疫学的検討から、最も感染の危険性が高いと考えられることは、SARSの看護・介護をしたか、それと同居をしたか、またはその体液や気道分泌物に直接触れたなど「SARS患者との濃密な(密接な)接触があったこと」である。

感染経路としては、患者さんに咳や肺炎などの呼吸器症状があることから、気道分泌物の飛沫感染が最も重要と考えられるが、種々のSARSの集団発生事例を疫学的に検討すると、それ以外の感染経路も考えられる。飛沫による感染が主たる経路と考えられるものの、手指や物を介した接触感染、糞便からの糞口感染、空気感染の可能性なども、完全に否定することはできない。

(参考)飛沫感染と空気感染の違い

咳やくしゃみをしたときには、鼻やのどから分泌物が飛沫(しぶき)の形で飛散する。これはある程度の大きさがあるので、どこまでも飛んで行くのではなく、通常1m程度で落下する。これが落下する前に直接吸い込んで、鼻やのどの粘膜から感染するのが飛沫感染である。インフルエンザや流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)などがこのタイプである。

これに対して、飛沫の水分が蒸発するなどして、非常に小さくエロゾール粒子(飛沫核)となった場合には空中に長時間漂い、また空気の流れに乗って長距離まで到達するが、これが空気感染である。麻疹(はしか)、水痘(みずぼうそう)、肺結核などがこのタイプである。

SARSの予防

1、 マスクは効果があるか?

感染経路がはっきりしていないが、今までの病院内あるいは家族内の集団発生では飛沫感染が最も重要と考えられることから、適切なマスクの使用は有効な予防方法と考えられる。予防に関してのデータはないが、患者さんと接する場合や人ごみに出る場合などでは、通常のマスクでも何枚か重ねて使用すれば、飛沫感染に対してある程度の予防効果があるものと思われる。もちろんひとつのマスクをいつまでも使っていると、そこに付着しているウイルスによる危険も考えなくてはならず、状況に応じて頻繁に変えることが必要である。

空気感染の可能性がある場合には、通常のマスクで防ぐことがかなり困難になる。空気感染に対しては、外科用マスク、N95、N100マスクと言われるものが効果的であるが、一般的ではなく、長時間の使用も不可能であるため、推奨されていない。

2、 予防接種(ワクチン)

ワクチンはまだない。開発は進められているが、実際に使用できるのはまだ時間が必要。

SARSの治療法

有効な根治的治療法はまだ確立されていない。特に初期には、SARSとSARS以外の肺炎との鑑別が困難であり、一般の細菌性肺炎を対象として、抗生物質を中心とした治療を行なうことになる。

また肺病変が進行する場合には、酸素療法や人工呼吸での管理が必要なこともある。

SARSの致死率

これまでSARSの可能性があると判断された人のうち、10~20%の患者さんが、呼吸不全などで重症化しているが、80~90%の人は発症後6~7日で軽快している。

SARSの致死率については、以前は4~6%と考えられていたが、WHOがさらなる検討をおこなった結果、2003年5月には全体として14~15%(24歳以下1%未満、25~44歳15%、45~64歳15%、65歳以上50%)との推定結果を公表した。

海外旅行

どこの国についても、絶対的に渡航を制限しているわけではない。

しかしWHOが公表している『最近の地域内伝播』が疑われる地域をよく確認しておくことが、大切である。外務省のホームページなどでも確認可能である。

またSARSの伝播が確認されている地域から帰国した者であっても、これまでの経験から、症状がでていない状態で周囲に感染させることは非常に少ないと考えられている。また潜伏期間は一部の例外を除き、ほぼ10日以内と考えられているので、帰国日あるいは感染を受けたと考えられる時から10日過ぎても何の症状もなければ、その人がSARSにかかっている可能性は低いと考えられる。